大文字のMから始まるMayflowerと、小文字のmから始まるmayflowerと。
もちろん、文頭(文章の始め)にある場合には大文字表記となるので、その点には気をつけながら、大文字と小文字の2種類のメイフラワー、ならびにarbutusが出てくる箇所を次にように分類してみました。
【大文字で始まるメイフラワー】
〜『赤毛のアン』20章より〜
1) the Mayflowers blossomed out,
2) ”there are no Mayflowers,”
3) ”anything better than Mayflowers,”
4) ”not to know what Mayflowers are like”
5) "Do you know what I think Mayflowers are, Marilla?"
6) ”Mr. Phillips gave all the Mayflowers he found ”
7) ”I was offered some Mayflowers too,”
8) ”We made wreaths of the Mayflowers,”
9) After the Mayflowers came the violets,
〜『赤毛のアン』35章より〜
10) out in Avonlea the Mayflowers were peeping pinkly out on the sere barrens where snow-wreaths lingered,
〜『アンの愛情』20章より〜
* Gilbert had found some pale, sweet arbutus in a hidden corner. He came up from the park, his hands full of it.
1) Gilert sat down beside her on the boulder and held out his Mayflowers.
〜『アンの愛情』22章より〜
2) with her hands full of Mayflowers and violets.
3) "I stopped by the barrens and picked these Mayflowers; I came through Violet-Vale; it's just a big bowlful of violets now---the dear, sky-tinted things."
4) "Spring's pages are written in Mayflowers and violets, summer's in roses,"
〜『アンの愛情』23章より〜
5) "It doesn't seem a day since I came home that spring evening with the Mayflowers."
【小文字で始まるメイフラワー】
(同本内の他のメイフラワーが全て小文字表記である場合、文頭にある「大文字始まりのメイフラワー」も「小文字のメイフラワー」として分類します。)
〜『アンの青春』13章より〜
1) "It must be delightful to come into the world with the mayflowers and violets."
〜『アンの青春』15章より〜
2) Since the earliest mayflowers Anne had never missed her weekly pilgrimage to Matthew's grave.
〜『アンの夢の家』18章より〜
1) Captain Jim came along another evening to bring Anne some mayflowers.
2) Captain Jim's mayflowers added the last completing touch to the charm of the night.
3) "How kind and thoughtful you are, Captain Jim, Nobody else-not even Gilbert "---with a shake of her head at him---"remembered that I always long for mayflowers in spring."
〜『虹の谷のアン』4章より〜
1) Mayflowers grew there and Jem never forgot to take his mother a bouquet as long as they lasted.(文頭の大文字。)
〜『虹の谷のアン』23章より〜
2) ---a little, delicate, beautiful spring rain, that somehow seemed to hint and whisper of mayflowers and wakening violets.
*He had been prowling about Rainbow Valley and had succeeded in finding the first little star-white cluster of arbutus for his mother.
〜『アンの娘リラ』12章より〜
1) The other evening Susan happened to say that the mayflowers were out in Rainbow Valley.
2) ”Mayflowers!”(文頭の大文字。)
3) "Jem brought me mayflowers last year!"
4) I would have rushed off to Rainbow Valley and brought her an armful of mayflowrs,
5) And after Walter got home last night he slipped away to the valley and brought mother home all the mayflowers he could find.
6) ---he just remembered himself that Jem used to bring mother the first mayflowers and so he brought them in Jem's place.
〜『アンの娘リラ』25章より〜
7) The mayflowers bloomed in the secret nooks of Rainbow Valley.
8) Jem had once taken his mother the earliest mayflowers;
*But before she had discovered any, Bruce Meredith came to Ingleside one twilight with his hands full of delicate pink sprays.
9)" I wrote Jem to-day and told him not to worry 'bout you not getting your mayflower," said Bruce seriously,
〜『炉辺荘のアン』5章より〜
1) He had brought her mayflowers for years and years and years…ever since he was four…but he wouldn't do it next spring.
〜『炉辺荘のアン』6章より〜
2) "Mummy," he said sleepily, "of course I'll bring you mayflowers next spring…every spring."
〜『炉辺荘のアン』14章より〜
3) Jem brought his mother the first mayflowers…rather to Aunt Mary Maria's offence,
〜『炉辺荘のアン』21章より〜
4) The winter pattern of trees and fields was begining to be overlaid with hints of green and Jem had again brought in the first mayflowers.
*同23章の”the Mayflower”は、メイフラワー号のことなので除外。
「大文字で始まるメイフラワー」は、
1)アンが小学校のピクニックでクラスメートたちと摘んだり、
2)ギルバートがアンに摘んでくれたもの
「小文字で始まるメイフラワー」は、
1)アンからマシュウへ、
2)ジム船長からアンへ、
3)「ジム船長の名前をもらった」ジェムからアンへ、
4)そして「ジェムの代わりの」ブルースからアンへ摘まれたものでした。
前者がいわゆる詩心のわからない普通の人々(失礼)であるのに対し、後者はアンの詩世界をより理解している人たち、とは言えないでしょうか。
「小文字で始まるメイフラワー」には”spray”(『マーミオン』でさんざしに用いられたワードと同じ)や"bouquet"(「装飾的にアレンジされた」花束)など、"wreath「リース」"や "garland「花輪」"と同義語となるワードが連なっていることも気になります。
「アン・シリーズのmayflower 前編」にも書いたように、"garland"は『マーミオン』でさんざしの花輪を、"wreath"は『赤毛のアン』20章でメイフラワーの花輪を表した言葉ですが、そうした表現上の類似からも、『赤毛のアン』20章のピクニックの情景は『マーミオン』の「さんざしの花輪を作る子供たち」のイメージを連想させます。
その一方で、『虹の谷のアン』で描写されたメイフラワーである”arbutus”が、 "cluster「集団、塊」"という無機的な表現であるのは、対照的な違いだと言えましょう。
もしかすると、
「小文字で始まるメイフラワー」はさんざしをイメージし、
「大文字で始まるメイフラワー」はtrailing arbutusをイメージしている、
という大胆な仮説が成り立つかもしれません。
例えば『赤毛のアン』20章の「大文字で始まるメイフラワー」。
前述したように、"wreath"という装飾的な表現で示されていることからは、次のように考えることができます。
*ノヴァスコシアで育った当時11歳のアンにとって、メイフラワーといえばtrailing arbutusのことであった。(ちなみに、trailing arbutusはノヴァスコシアの州花だそうです。)
*まだその時分のアンは、英国の詩に描かれているメイフラワーはtrailing arbutusのことだと勘違いしていた。
*大好きなスコットの『マーミオン』に描かれたメイフラワーは”May-flower”というように「大文字で始まる表記」であるため、北米大陸のメイフラワーであるtrailing arbutusを表現する際にも「大文字で始まるメイフラワー」でイメージしていた。
これは『アンの愛情』で大学生になったアンに、ギルバートが摘んできてくれた「大文字で始まるメイフラワー」が”arbutus”と明記されていることや、その花が小学校時代のピクニックを思い出すアイテムであることとも矛盾しない考え方です。
この考え方でアン・シリーズのメイフラワーを読み解けば、『アンの愛情』20章の次のような表現についても、その意味するところがストンと腑に落ちるのではないでしょうか。
それは、大学生のギルバートがアンに摘んできてくれた花が "his Mayflowers"と書かれていることです。
まるで「ギルバートがメイフラワーだと思っている花」という風に受け取れる表現ですが、この時アンは18歳〜19歳。
当然のこととして『マーミオン』のMay-flowerがさんざしのことであり、北米大陸東海岸のメイフラワーであるtrailing arbutusではないことを知っていたでしょう。
そのことを裏付けるように一つ前に描かれた『アンの青春』では、全てのメイフラワーが「小文字で始まる表記」となっており、それは当時16歳のアンが「詩的な世界ではメイフラワーはtrailing arbutusではない」ということを既に知っていることを表しているのではないでしょうか。
スミレや雛菊の花が小文字で始まる表記になっているように、trailing arbutusという北米大陸東海岸のメイフラワーも「小文字で始まる表記」になったと思われます。
そして「アン・シリーズのmayflower 前編」で前述したように、プリンスエドワード島にも自生しているhawthorn(さんざし)。
なのにアン・シリーズの原文に一度も出てこない不思議さも、これで説明ができると思われます。
つまり、
アンが勘違いも含めて「詩的なメイフラワー」はtrailing arbutusであるとイメージしていた時には「大文字で始まるメイフラワー」であった。
それが、そうではないと知ってからはtrailing arbutusは「小文字で始まるメイフラワー」になり、それが徐々にアンの詩的世界のメイフラワーであるさんざしの花も指すようになっていった。
だから、アン・シリーズには"hawthorn"の名が全く出てこない
のではないかという可能性です。
もしもそのように考えるならば、『アンの夢の家』の18章の、”Nobody else-not even Gilbert "---with a shake of her head at him---"remembered that I always long for mayflowers in spring."(ギルバートはメイフラワーを摘んできてくれませんのよ)と戯けて見せるアンの真意は、別にあることになります。
つまり、ギルは「彼にとってのメイフラワー」であるtrailing arbutusの花を摘んできてくれているのであり、しかしそれは、アンの詩的世界が渇望するさんざしの花ではないという意味かもしれません。
そうなると、「六十年も昔」に英本国から来たジョン・セルウィン先生から教わった詩(*)を、今でもすらすら暗唱できるジム船長は、アンにさんざしを届けていたことになります。(*『アンの夢の家』7章参照)
だから、原文にも”Captain Jim's mayflowers”「ジム船長のメイフラワー」とあるのではないでしょうか。
その名を受け継いだジェムがティーンエイジャーになる頃までは、普通にtrailing arbutusの花をメイフラワーだと思っていたので、その初咲きをアンに届けていたのでしょう。
しかし、『虹の谷のアン』でジェムが13歳になろうとしている頃からは、母が本当に望んでいる「5月の花」はさんざしであることに気づき、trailing arbutusの花とは別にさんざしも届け始めたのではないでしょうか。
だから、23章のarbutusは「花束」ではなく「cluster(塊)」と、あえて素っ気なく表現されているのかもしれません。
そして、『アンの娘リラ』では出征したジェムの代わりを務めたウォルターやブルースも、ジェムに倣ってさんざしの花をアンに届けていたと考えれば、カナダでは5月から6月に咲くさんざしと、『アンの娘リラ』の「初咲きのメイフラワー」の「史実との関係性から明確に特定される初咲きの時期:4月末から5月初め(**)」との間には、なんの違和感もなくなるのです。(**「アン・シリーズのmayflower 前編」参照)
ブルース少年が届けてくれた「小文字のメイフラワー」が、"spray"という『マーミオン』と同じ表現で物語に置かれているのも、それがさんざしの花だったからではないのかと。
このようにモンゴメリは、アン・シリーズに出てくるメイフラワーを大文字と小文字の書き出しの違いによって微妙にイメージし分けていた可能性もあるのではないでしょうか。
もちろん、モンゴメリにとってもアンにとっても、どちらのメイフラワーも大切な5月の花であることに変わりはないのですけれど。
ここまであれこれ、アン・シリーズのmayflowersについて私なりに深掘りしてしまいましたが、そもそも異国の物語に描かれている花のイメージは、読んだ人それぞれの想像力に委ねていれば正解でしょう。
『マーミオン』の故郷、英国スコットランドのボーダーズ地方を流れるツイード川の辺(ほと)りの、いにしえのOld Melroseのイメージ(***)からモンゴメリによって創り出された空想世界が "Avonlea"なのだから、モンゴメリやブロンテのように詩的世界を愛するアンにとっての "mayflower"は、やっぱり「さんざし」のイメージなのだと感じる私のような読者もいることを、ここに記しておきたいと思います。
(***詳細は『赤毛のアン ヨセフの真実』第二部をご参照ください。)